湯殿山は、月山南西山腹に連なるなだらかな稜線を持つ山である。
この山と品倉山の尾根との間に横たわる峡谷に、
五穀豊穣・家内安全の守り神として崇敬される湯殿山神社がある。
修験道の霊地としての湯殿は、湯殿山神社のご神体である出湯と、
その湯ばなにおおわれた巨岩を示している。出羽三山の奥の院として、
羽黒山・月山で修行した修験者が大日如来の境地に入る場所とされ、
「語るなかれ」「聞くなかれ」と戒められた清浄神秘の世界である。

湯殿山神社本宮入口
ご神体御前
行人塚(仙人沢永代供養碑)
お祓いをすませた人形
 月山より西に尾根づたいに下ること約8km、清冽なる梵字川の流れのほとり、幽玄の仙境に湯殿山神社はある。大山祗命,大巳貴命,少彦名命の三神を祀り、現在でも参拝に際しては履物をぬぎ、裸足になり、お祓いを受けてからでなければお詣りは許されない、俗界とは切り離された神域である。
 出羽三山は先祖の霊魂の鎮まる山,清めの山として、古来、東三十三ヶ国の信仰区域とし、湯殿山の山名を刻んだ石碑はどこの村にも残っている。
 湯殿山の行人の修行は一期千日であった。苫屋を仙人沢の各所に設け修行に励んだ。数十の行人碑の中には三千日、五千日の参篭を刻んだものもある。木食をしながら毎日水垢離をとり、一日三度の湯殿の宝前参拝を千日、三千日、五千日続けるという想像を絶する苦行を続け、自らの穢れを祓い、他人の苦しみを代わって受けようとしたのである。
 さらに即身仏後も永く遺体を残して世の人々を救おうとした。湯殿山系の即身仏は荒行により体内の脂肪分をとり、入定後腐敗せず乾燥して即身仏となる。現在保存が確認されている即身仏は庄内および新潟北部にかけて十数体がある。
 古来、人々の信仰の対象とされ、現在も遠方よりの崇拝者が後を断つことがない。