山伏の修行は、山に入って修行する、所謂入峰修行である。
羽黒では四季の峰といって、春・夏・秋・冬の入峰修行が行われる。
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■座主会と云って、所司前の先達の寺に於て行われた。執行・別当、先達の寺々で、持廻りで行われたので宿々勤行と云った。正月5日から9日に至る5日間、執行・別当、三先達が会合して、大導師・能茶羅尼、承仕・燈明役をつかって、天地長久万々世の祈祷を行う秘密の勤行で、天地泰の峰とも称した。明治の神仏分離のため、一山の職制が変わりこの行事は廃絶した。 |
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■三山の御開祖・蜂子皇子が、荒沢に50日、月山に48日の修行を経て、旧7月13日に月山権現で柴燈護摩を修し、湯殿山参詣をした旧例によって、執行が旧4月3日より、旧7月13日までの100日間、月山に参籠して、三山参詣の道者を化導し、湯殿山に参詣、即身成仏にせしむる行である。今は宮司の代理が夏3ヶ月、月山の御室に参籠して、道者を扱うことを云い、又、一般の道者の三山登拝とも云うようになった。 |
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■旧7月20日より秋の峰の行が始まる。単に峰中とも云い、末派修験は入峰修行する事で院跡も相続することが出来、また、入峰度数によって位階も昇進した。それで出世の峰とも称し、多い時は200人を越したという。江戸の初期までは75日間の修行、次いで30日、15日と短縮され、現在は7日間である。行は旧7月20日、麓で山伏の附揃いがあり、21日に先達の坊である一の宿に入り、24日には吹越籠堂に駈入り勤行があって、これを二の宿といった。この間三山の山巓、渓谷に亘って、難行苦行が行われ、8月1日には大満へ駈入り法事が行われた。これを三の宿といった。更に2日に三鈷沢へ駈け、3日に二の宿に戻り、阿久谷を駈け、4日晩峰より出生した。今でも宮司自ら大先達となり、吹越の行堂を中心として厳しい修行が行われている。新8月31日に行われる開山蜂子神社前の大柴燈は羽黒の火祭として名高い。 |
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■麓修験の三役といわれる、太業・入峰・番乗を経て、更に阿闍梨講の規式を遂げた者の中から、戒臈順に位上・先途と呼ぶ二人の松聖が任ぜられた。各自坊門前に梵天をたて、道場に興屋聖という小さな苫屋を供え100日の間精進潔斎をし、籠もりの行を行う。それによって、験力を得て、天下泰平、国土安穏、五穀豊穣、万民快楽を祈って勝負を争う。この修行を遂げると権大僧都と称することが出来た。山麓の若者が両松聖に分属して、大晦日の朝から元旦の暁にかけて、大松明引、火の打替等の神事に勝負を争い、雪中壮絶華麗な祭典が行われる。この祭を松例祭という。
■現在では、神社附属の祝部が、9月24日より行に入る。自宅で50日参籠後、羽黒山頂の斎館に籠り、祭の初穂をもとめるため羽黒山の四方と鶴岡を勧進する外、一切山外禁足で、只管修行に専念する。 |