宿坊とは、昔から、御山に登拝するための準備、精進潔斎をするための特別な宿、いわば参籠所と同じ役割を果たすものであり、単なる旅籠屋とは区別されていました。今でも羽黒山門前の手向の宿坊では、宿泊料とは言わず、御籠料(おこもりりょう)、または坊入り料(ぼういりりょう)と称しています。
出羽三山に参詣することを奥参りと称して、神聖で重要な意味合いを帯びていた頃から、東北から関東、信越地方には出羽三山を信仰する人々による講中という組織があり、講中を率いる里山伏、或いは里先達が人々を宿坊まで連れてくる役割を負っていました。そして宿坊は、人々を温かく迎え、精進料理でもてなし、地元の山先達が、三山巡礼に導くのです。
かつて、随神門を境界として山上には30以上の寺院が点在し、肉食妻帯をしない清僧修験者が法灯を守っていました。また麓では妻帯修験者の宿坊が336坊を数えました。明治維新の神仏分離以後廃仏毀釈により清僧修験は跡絶え、妻帯修験は今では30数軒となりましたが、出羽三山神社の祝部(はふり)と名称を変え、昔と変わらぬ活動を続けています。そして、毎年秋から春にかけて、神社が頒布する各種の神札や作占いを持って、檀那場、或いは霞場と呼ばれる檀家を一軒ずつ巡り、出羽三山信仰の歴史を繋いでいます。 |